Kバレエ タイムズ K-BALLET TIMES

熊川哲也×蔵健太「プロフェッショナルダンサーへの道を切り拓く新時代の バレエ教育システムを」:後編

2023.12.10
スペシャル対談

プロを目指すジュニアダンサーのための特別コースを展開する「K-BALLET ACADEMY」の開校から半年。現在アカデミーで展開している画期的な教育システムはすでに国内外から注目を集めています。なかでも核となるのが、蔵が熊川の動きを徹底分析することで生まれたアジア人のための「Kumakawaメソッド」。この特別対談の後編では、「Kumakawaメソッド」とはいかなるものなのか、さらには22世紀を見据えたグローバル展開と教育ヴィジョンについて、両者が語り合いました。

熊川哲也(くまかわ てつや)
K-BALLET TOKYO 芸術監督 K-BALLET SCHOOL 主宰

北海道生まれ。1987年英国ロイヤル・バレエ学校に留学。89年ローザンヌ国際バレエコンクールで日本人初の金賞を受賞。同年英国ロイヤル・バレエ団に東洋人として初めて入団し、93年にプリンシパルに昇格。99年Kバレエ カンパニー(現Kバレエ トウキョウ)を設立。以来芸術監督 / プリンシパルダンサーとして団を率いるほか、演出・振付家としても才を発揮。2013年紫綬褒章受章。23年一般財団法人熊川財団を創立。

蔵健太(くら けんた)
K-BALLET ACADEMY / K-BALLET SCHOOL 校長

北海道生まれ。1995年ローザンヌ国際バレエコンクールにてスカラーシップ賞を受賞し、英国ロイヤル・バレエ学校に入学。97年英国ロイヤル・バレエ団に入団、2006年ソリストに昇格し、「眠れる森の美女」ブルーバード、「ロミオとジュリエット」マキューシオ等主要な役を踊る。14年より日本人初の英国ロイヤル・バレエ学校の教師として全学年を指導。23年Kバレエ アカデミー / Kバレエ スクール校長に就任。

熊川哲也の踊りを徹底分析し構築したアジア人のためのメソッド

K-BALLET ACADEMYを開校して半年になります。蔵さんは日本に30年ぶりに帰られ、環境も責任も大きく変化したと思いますが、この半年を振り返っていかがですか。

蔵 まず環境としてはやはり今まで、読み、書き、話す、聞くというのがすべて英語であったところが、言語が違う、文化が違う、そこに慣れるところから始まりました。こちらに入社する数カ月前からいろいろな企画を出させていただき、9月に帰国してすぐそれを具現化するために動き始めたのですが、半年前が昨日のことのように感じるくらい時間がとても速いスピードで動いています。今、 システム作りをさせていただいているなか、時間がいくらあっても足りないと日々感じていますが、たくさんの方にサポートいただいて感謝しています。

熊川 蔵校長が自らスピードを速めている部分はあると思いますが、たしかに時間があっという間に過ぎている感じですね。校長とは長い付き合いだけれど、ここまで没頭する性格だとは思っていなかったし、しかも彼は24時間ずっとそれをやり続けられる。就任して以降、校長のマニアックなレベルの追求と妥協のない時間の使い方も含め、バレエに対する情熱、新しい革命に対する熱い気持ちがひしひしと伝わってきた。本当に適任だし、頼もしいのひとことですよ。

蔵 ありがとうございます。これもやはりディレクターの影響で、今もそうですが30年前にロンドンで間近に見させていただいていた時のディレクターのスピード感というのは凄まじかったのです。テクニック、パワー、スタミナ、そしてカリスマ性……すべてが群を抜いていたのはもちろん、頭の回転や決断力、行動力も人並み外れていて、その頃から常人の3倍速で生きている感じだった。情熱を込めて朝までバレエを語る姿であるとか、一緒に本を読んだり、映像を見たり……たくさんの勉強させていただいて、今でもその思い出というものが身体に沁みついているんです。その頃からディレクターがスピードを大事にする方であるというのを知っていましたので、私もなるべく早く具現化したいという気持ちはあります。

アカデミーでは、多彩なクラスで構成された週間プログラムをはじめ、プライベートレッスン制度や奨学金制度など、革新的なシステムをさまざま導入していますが、最大の特徴となるのが「Kumakawaメソッド」だと思います。このメソッド(教育法)の特徴をお話しいただけますか。

蔵 まずメソッドとは何かというお話からしますと、日本語でいうと流派、型になるかと思います。バレエの有名なメソッドはいくつかありますが、これはどのメソッドが良い・悪いということではないのです。ただ、それぞれのメソッドが生まれた国の人たちの身体に合った、そしてその国の作品に適した身体の動かし方、立ち方、配置、コーディネーションの付け方といったものが反映されている。よってメソッドもそれぞれに異なります。いま私たちが構築している「Kumakawaメソッド」は、熊川ディレクターが考案したアジア人の筋肉や骨格により適した身体の使い方というものを、私がロイヤル・バレエ学校や世界で学んだ知識と融合させ、生み出すメソッドとなります。

熊川 これまでキャリアの中で編み出してきた「Kumakawaメソッド」は、この25年スタジオで直接、ダンサーや生徒たちに伝えてきていますが、体系化はできていなかった。蔵校長がこれまで培った知識や僕の経験だとか発想といったものを融合し、その中でアジア人がバレエに向き合う上での強みを伸ばし弱点をカバーするメソッドを共に構築しました。僕自身、毎日のように校長と顔を付き合わせて、一つ一つ検証・検討しながら一生徒になっていろいろ吸収しているのですが、これは凄いですよ。蔵校長の人間工学や解剖学を含む豊富な知識はもちろん、ここまでシステマティックに掘り下げてくれるというのは期待以上でしたし、人間の身体ができることの無限の可能性というのを大いに感じました。他に類を見ないメソッドが出来上がるであろうという期待と、それに伴って顕れてくる生徒たちの成果が非常に楽しみですね。僕がこれまで頭で考えずにやってきていることを分析して、それを生徒たちに伝えていく方法を確立していっていると言えますね。

蔵 僕はディレクターの踊りを研究するのが趣味でもありますので、熊川哲也の踊りはなぜ凄いか、その研究の中で見つけたことをメソッドに反映したいと思っています。ご本人にどこが凄いか熱くお話しすると、「そうなの?」と言われてしまうのですが(笑)。角度の付け方であったり、腕の動かし方であったり、スピードの速さも今、コンビネーション間でお話をしながら作っているところなのですが、そのベースとなるものが、機械式時計の世界三大複雑機構の一つで、重力による誤差を極限まで排除した機構を持つ「トゥールビヨン」のイメージです。

熊川 僕が時計が好きなこともあって、何かの動きを話した時に「トゥールビヨンと同じだよ」と言ったことが発端で蔵校長が「これだ!」と研究を進めていった。時計というのは、平面において一定の方向に重力が掛かり続けると、必ず左右や前後にウエイトが掛かりバランスが崩れてどんな高精度の時計でも秒針が狂っていくと。それを阻止したのが文字盤の中にいわば無重力に近い状態を作り出すトゥールビヨン。蔵校長はそれが僕の踊りの真髄と同じで、「Kumakawaメソッド」だと言い切って(笑)。でも話を聞いてみると納得できる。

蔵 トゥールビヨンは、ディレクターがおっしゃったとおり、文字盤内部の一部の構造全体を回転させることにより、姿勢の違いによって生じる誤差をなくすという仕組みなのですが、同じように円を身体の中に入れているイメージで、全身のコーディネーションを考えていく。バレエの動きは決して頭・腕・背中・脚とバラバラに動くことはあり得ません。歪んだり膨らんだりして自在に形を変える円のように、頭が動けば脚の重心が変わり、脚を上げれば上半身の最適位置が変わるのです。
また、「トゥールビヨン」にはフランス語で「渦」、「つむじ風」という意味もあるそうです。「Kumakawaメソッド」では熊川ディレクターの背中の使い方の魅力を意識していますから、動作を始める前に背中上部を使うことを常に意識し、身体の渦やひねりを利用して立体的な空間図形を作り出すイメージも大切にしています。例えば海外のあるメソッドでは、クロワゼやエファセをこの角度で作りますが、私たちアジア人は骨盤がヨーロッパの方に比べると狭いので、脚のラインが綺麗に見えない。腕の角度、頭の高さも然りです。そこで「Kumakawaメソッド」の考え方を上手に使うと、我々にとってより脚を長く、より美しい角度を作れるのです。
そしてまた重力の反発にも有効です。バレエは重力に反発しなければいけない。重力に反発し、身体を下げて引き伸ばす、そのためには、中に集めて引き伸ばす。その重力に反発するというのがバレエのテーマなんですよね。高く飛ぶ、引き伸ばす、バランスを取る、というのが。単純に、重力に反発するための力を生かすには、どの角度で、どの筋肉を動かしてムーブメントを起こしていくかというところが、このメソッドのベースになっています。
ディレクターとは本当にたくさん、一つ一つの技について議論させていただきました。先日もカブリオールについてのメソッドを話し合っていて、なぜあんなに凄いのか謎が解けたし、新たな発見がありました。

熊川 しかしながら、あくまでそこで話したのは僕のケースであって、僕のような脚力があるダンサーは稀だから、そうしたら脚力がない人には上げる角度を変えようとか。早めにフェッテさせようとか。そういったバラエティを各テクニックで3パターンくらい作っています。そういう複雑なことはたぶんこれまで誰一人やっていないと思う。

蔵 バーの最初からパ・ド・ドゥまですべてディレクターに確認いただきながら作り上げているのですが、そのたび、個人的には自分の時間を30年前に戻したい気持ちになります。当時これを知っていたら真似することができたのに、と(笑)。

熊川 (笑)。あの当時は、感性・感覚でやっていることの結果としてインパクトがあるというだけで、分析なんてする必要はなかったし、「このステップはどうやるんですか?」と彼に聞かれても、こちらは感覚でしか言わないわけじゃないですか。頭で考えてやってはいないから。ただ、カンパニーのメンバーや子供たちを教えるようになると、具体的に伝えなければならないから分析が必要になったし、それをしていくうちに年々専門家になっていったということだと思いますよ。しかしながら毎年新しいダンサーが入るたびにそれを繰り返すということが25年続くと、さすがにもう子供のうちからそれを身につけておいたほうがいいと思うようになった。もともと僕はクラスレッスンは教えませんが、これからはメソッドに集約される。僕の分身として、同じ世界を見てきた蔵校長が教えているというのは、今の子供たちは幸運だし幸せだと思いますよ。

蔵 実際、「Kumakawaメソッド」を使って指導をし始めてこの短期間の間にも、子供たちのレベルがすごく上がっていまして、目に見えて成長がわかります。だから、このメソッドで学べばできるんですよ、間違いなく。これをやったら前よりピルエットができるようになる、前よりジャンプが高くなるし綺麗に見せられる。確実に上手になります。

喜怒哀楽を表現できる健全な心と豊かな感性を育むために

もちろん「Kumakawaメソッド」は、アカデミーで最大限に有効活用されていくのだと思いますが、K-BALLET SCHOOLでもこのメソッドは取り入れるのでしょうか。

蔵 レベル設定や求めるクオリティは臨機応変に変えていく必要はありますが、波及していきたいと思っています。そのための統一ミーティングをアカデミーとスクール双方の教師陣と行い始めています。

熊川 ただ、スクールに関しては、 “Joy of Dance”――踊る心、楽しさというところにも、ウエイトを置いていますから、ベースとなるメソッドはあるけれども、あえてスペシフィックではない。バレエを習うことは技術を上げることだけが目的ではないし、バレエという芸術を通して感動し、喜怒哀楽をバランス良く、健康的に表現できる豊かな感性を育むことが重要。また例えば、受験戦争の中で頭を柔らかくするには、まず汗をかいて身体を柔らかくしましょう、そういった意味も大きいですよね。ですので、シラバスについてアカデミーのように厳しい要求はいらないと思っています。アカデミーに関しては、「Kumakawaメソッド」は虎の巻ですから、この知識を与える以上は徹底的に、厳格にいきますが。

バレエは特殊な世界ですから、ご家庭で子供をどう導き、何をしてあげたらよいかなど、戸惑っている保護者の方も多いと聞きます。そのバックアップ態勢として非常に有効と思われるのが、保護者との個別面談も定期的に機会を設けられていることかと思います。

 やはり真の教育というのは、ただそこに行けば育つというわけではなく、家族のサポート、友人のサポートというのが欠かせません。特に子供というのは友人同士で見て学ぶことが多い。そして家庭に帰った時には家族のサポートがある、そのすべての環境があることが教育には非常に大切なのです。バレエのことがわからなかったとしても、食事や体調管理などの健康面、心のケアなど精神面でのサポートがあることで、子供は安心して外の世界で頑張ることができる。もちろんバレエに関しては我々教師に一任いただきますが、子供の健全な心と身体を維持し育むために、ぜひご家庭でしかできないサポートをしていただきたいと思いますし、我々もそのためのお手伝いができればと考えています。

熊川 こうしたバックアップ態勢があるというのは、とてもいいことだと思います。時としてレッスンで悔しい思いをして家に帰ることもあるだろうから、そういった時のサポート態勢を家庭でどう作るかというのは大切なこと。今校長が言ったように、バレエ教育の場だけではなく、やはり家族で子供をちゃんと守っていくことが重要で、それが喜怒哀楽を健康的に表現できる子を作るということだと僕は思っている。家庭環境が子供に与える影響というのは非常に大きく、何事にも感動できる感受性豊かな親であれば子供も一緒になって感動するし、もしモノクロの目線でしか見えない親であれば子供は感動しませんから。

22世紀を見据えたグローバルな展開とヴィジョン

アカデミーでは、この短期間にもすでに多くの国際交流を実現しています。たとえば昨年9月にはフィリピンバレエ協会が視察に訪れましたが、今後、同じアジアのそういった国々にも「Kumakawaメソッド」を波及していきたいといった考えはおありでしょうか?

蔵 そうですね。フィリピン側との意見交換会では、同じアジアとして共通の悩みや、国ごとに異なる課題など白熱した議論を行うことができまして、その時にメソッドの話にもなったのですが、あちらもやはり非常にそれを欲しがっているのがわかりました。「Kumakawaメソッド」を使えば必ず上手になるというのがわかっていますので、ぜひ世界にも波及していきたいですね。

熊川 近年、フィリピンでもバレエが盛んになってきて、コンクール出場者も増えている。そうした状況もある中で、我々がメソッドも含めた教育事業でアジアのバレエ界を牽引していくことは意義あることと考えています。今後アジアとの交流は欠かせませんし、フィリピンだけでなくシンガポール、マレーシア、インドネシアなど、バレエの先進国とは言えないけれどいま勢いを増しているアジア各国に教師を派遣したり、ユース公演を行ったりなど、現地を拠点に何かまた新たに構築できたらいいですね。

国際的な話題としてもう一つ、Youth Grand Prix Japan(YGP)においてK-BALLET ACADEMYが日本初の提携校に選ばれました。蔵校長は昨年秋の日本予選で審査員を務められ、来る4月のNY決選でも審査員を務められます。世界的コンクールでも、その審美眼が評価される蔵校長ですが、若いダンサーたちを指導されて感じられたことがあれば教えてください。

蔵 まず日本人の子供たちの技術はどんどん上がっているということ、しかしながら先ほどお話に出たフローはやはり大きな課題になると感じました。また、昔は日本人が苦手としていたコンテンポラリーにおいてもレベルが上がっているので、アカデミーではそこにもより力を入れていかなければと思っています。
ディレクターが日本に戻られてこの25年の間に、プロのダンサーを取り巻く環境は大きく変わり、素晴らしいことに今はもう、Kバレエをはじめとする日本のバレエ団も海外と肩を並べる選択肢になっている。ですから、僕としてはやはり教育の分野において、今後K-BALLET ACADEMYがプロを目指す子供たちにとってそうした場として定着することを目指したいですね。「海外で学べばプロになれる」ではなく、日本でも海外の名だたるスクールに匹敵する教育を受けられるということを、波及していければと考えています。

熊川 ロイヤル・バレエ学校のような国立の全日制スクールがないこの日本において、民間企業である株式会社K-BALLETが運営するアカデミーをどう構築していくか。この20年間、K-BALLET SCHOOLをさまざま思考錯誤してやってきたことを踏まえた上で、今後どう校長は判断し、広げていくのか、そこは校長の腕の見せ所ですよ。全日制であってもなくても、やはり大事なのは中身ですから。

蔵 開校してこの4カ月、すでに多くの反響をいただいていることは心強いです。YGPの時も、参加者にアカデミー、スクール両方の入学希望者が多数いたので、開催期間中に急遽、入学説明会を行ったのですが、予想していた以上にたくさんの参加者や保護者の方々が集まってくださいました。

熊川 やはりそこは蔵校長の情熱的なアプローチと教え方というのを子供が感じ取ったからでしょうね。子供はちゃんと見抜きますから。そこに信念があるからこそ、信を置いたのではないかと思いますよ。

最後に、今後のアカデミーの展望をお願いします。

熊川 この「Kumakawaメソッド」の構築をはじめ最高の教育環境を確立し、ディレクターが求める完璧な領域に持っていくこと、それが私の使命であると思っています。アカデミー生徒にはディレクターが求めるプロとしてのあるべき姿をしっかりと伝えていき、国内外で活躍できる素晴らしいダンサーを一人でも多く誕生させたい。そしてその成果がやがては、「K-BALLET ACADEMY出身のダンサーはやはり素晴らしい」と日本はもちろん世界各国で認識いただける、そうしたところにも繋げていけたらと思います。

蔵 これは教育事業に限らずK-BALLET TOKYO、THEATER ORCHESTRA TOKYOも含め、組織全体で取り組まなければいけないことですが、やはり我々は夢を与える商売であるというのは変わらぬ根底にあって、子供たちの夢というものを色濃く提供できる環境でありたいというのがまず一つ。そしてまた、22世紀を生きる日本人の教育は、今の子供たちからスタートしなければ大変な時代が到来すると思う。手の中のスマートフォンですぐに答えが見つかる今の時代において、我々が提供するバレエを通して子供たちにどれだけ素敵な感受性を育み、人間性を培えるか。22世紀の人たちの教育は、もう今ここから始まっているのです。

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