沿革 HISTORY

英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパル(首席ダンサー)として世界の頂点を極めたバレエダンサー熊川哲也が、自ら芸術監督を務めるKバレエ カンパニーを設立したのは1999年。以来、「総合芸術としてのバレエ」を追求し尽くした完成度の高い舞台により観客の心を捉え続け、年間約50公演、観客動員数およそ10万人、そして新作全幕バレエ作品をほぼ毎年上演するなど、世界的にも稀にみる活動実績を誇っている。
1998年、英国ロイヤル・バレエ団在籍10年目を迎えた熊川哲也は、東洋人として初のプリンシパルにまで登り詰めたその快挙と栄光の座を捨て、同団を退団。自身の理想とするバレエ・舞台芸術を追うべく、翌99年にKバレエカンパニーを設立し、芸術監督・プリンシパルを務める。

設立当初から数年間の活動は、他分野とのコラボレーションなどが中心であった。さまざまなステージパフォーマンスへの挑戦は、それまでバレエに触れたことのなかった観客をも引き付け、日本にかつてないバレエ旋風を巻き起こす。結果的に、バレエ文化の裾野は大きく広がることとなる。
2002年9月には、それまでのロンドン⇔日本という活動形態を大きく変え、東京都文京区にカンパニーの拠点となるスタジオを構える。これを機に、古典全幕作品を中心とした、正統派クラシック・バレエ団として本格的に活動を開始。古くは17・18世紀に確立された歴史あるヨーロッパの総合芸術であるバレエを、正しいスタイルで継承するという理念のもと、熊川自身が古典に対して抱いてきた思いを盛り込んだプロダクションを「熊川版」として次々と発表する。
また同時に、1シーズンごとに2度の全国公演のほか、季節ごとの短期公演など、およそ50公演を旗揚げ以来コンスタントに継続しており、プロフェッショナルなバレエ団として本来あるべき姿を提示するその活動は、日本のバレエ界に一石を投じるものとなった。
16歳以上のオーディションによって選抜されたダンサーは、入団後アーティストからプリンシパルまでの6階級に属することになり、実力に応じての報酬が支払われる。所属ダンサーには、常にプロとしてのシビアな職業意識が必要とされ、なおかつ観客を魅了する芸術センスを併せ持つことが絶対条件となっている。
カンパニーの成長と発展は、内外での評価にも如実に結び付き、2004年1月には、『白鳥の湖』公演の演出・振付・出演に対して、熊川哲也がクラシック・バレエ界としては初の朝日舞台芸術賞(第3回)受賞。さらに2006年1月には、『ドン・キホーテ』『くるみ割り人形』の舞台成果に対し、今度はKバレエ カンパニーとして、同賞(第5回)を受賞することとなる。また、海外では2004年7月、N.Y.メトロポリタン歌劇場で開催されたリンカーン・センター・フェスティバル「アシュトン記念公演」に招聘され、設立からわずか5年目にして、英国ロイヤル・バレエ団、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団、ジョフリー・バレエ団等、世界有数のバレエ団と肩を並べての出演という快挙を成し遂げている。
近年の活動としては、2009年秋、10周年記念全国ツアーにて上演した待望の新作『ロミオとジュリエット』で大好評を博し、翌2010年の7月には「New Pieces」と銘打った新鋭振付家の新作による公演を敢行、コンテンポラリー・ダンスの世界にも歩みを進め、表現の幅を広げている。2012年には熊川哲也がBunkamuraオーチャードホールの初代芸術監督に就任し、『シンデレラ』『ラ・バヤデール』と次々に新作を発表するなど、類い稀なる活動実績を誇る。
設立15周年という節目を経て、着実に成長し続けるKバレエ カンパニーは、バレエの気高さや品格の確立、バレエ芸術のさらなる発展に尽力し、世界的文化価値を継承するプロフェッショナルカンパニーとして、今なお進化し続けている。

アンソニー・ダウエル SIR ANTHONY DOWELL HONORARY PRESIDENT OF K-BALLET COMPANY

アンソニー・ダウエル SIR ANTHONY DOWELL

ロンドン生まれ。英国ロイヤル・バレエ学校で学び、1961年に英国ロイヤル・バレエ団に入団。在籍2年に満たないうちにアシュトン振付『真夏の夜の夢』初演時のオベロン役に抜擢される。のちに有名となるアントワネット・シブレ―との秀逸なパートナーシップの歴史はこの舞台における絶賛から始まった。66年プリンシパルに昇格。以後、数々の作品に主演し、英国随一のダンスール・ノーブルと謳われるなど名ダンサーとして一時代を築く。86年、英国ロイヤル・バレエ団の芸術監督に就任し、15年間在任。72年、英国の上級勲爵士の称号を贈られ、95年にはナイト爵に叙する。

熊川哲也との出会いは、英国ロイヤル・バレエ団の芸術監督時代。当時英国ロイヤル・バレエ学校に留学していた熊川のダンサーとしての類まれなるその才能をいち早く見出し、東洋人で初となる同団との契約を実現、異例の早さでプリンシパルの座に押し上げたのが、ダウエル氏であった。在団中に築き上げられた確固たる信頼関係は互いに同団を離れて以後も変わらず、日本における熊川の芸術監督としての活動に感銘を受けた氏が、熊川からのオファーを請ける形で、2003年、Kバレエ カンパニーの名誉総裁に就任。世界最高峰を極めたこの二つの才能の結び付きは、Kバレエのみならず日本バレエ界にとっても、非常に有意義なことと言えよう。これまで、Kバレエ カンパニーの公演では『眠れる森の美女』のカラボスと『ドン・キホーテ』のガマーシュを演じており、熊川との舞台での次なる共演も待たれる。

COMPANY PROFILE

芸術監督挨拶 TETSUYA KUMAKAWA

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レパートリー REPERTORY